いつまでも幼稚園児

書く練習、書くリハビリ

しょーせつ

人生の大きな転機になることがあってしばらく書けてなかった。それはまだ進行中だからのちのち説明する。

昨日久しぶりに小説講座に行った。自分はあぐらをかいていた!コピーライターだから人よりも考える訓練や書く訓練をしていると思いあぐらをかいていた!そんなことはなかった。自分より年下の男の子ののびしろや感性がすごくてうちのめされる。前は自分とは違う能力だと思ったから落ち着いて見ていたけれど、その言葉のみずみずしさとやわらかさに圧倒された。認めざるを得ない。比喩に非凡なものを感じる、とひとり評されていた。当たり前だけど、シンプルに毎日読み毎日書いているのだろう。急速に成長していた。その子のことをほのかに好きだったけどその好きな気持ちよりライバル心や悔しさのほうが大きくなってしまうあたり、自分は恋愛の資格を持っていないのであろう。いや、でも、人として好き。しかも、頑張ってる。しかも、いいやつ。くそう、嫌なやつだったらよかったのに。
言い訳すると小説は二の次で転職活動を一にしていたからしょうがないのだが。自分には思春期の読書の蓄積がないのだから、人一倍読み書きに費やさなければ人並みにはなれない。なので4ヶ月ほどほとんどできてない状態からこうなるのは当然なのだが。嫌悪するべき対象なのに母親に仕込まれた体育会系思考が顔を出す。毎日の300本シュート練習が足りないから下手になるのは当たり前なのだ。
その子と同じで若い子枠にまだ入っていてちやほやされているからいい気になっていた。2期までとっていた女に生ぬるい環境で慰めあってんじゃねーよと決別をつきつけられて(というほど仲良くはなっていなかった気がするが)も、自分はそんなに甘い気持ちじゃない、と思っていたけれど、確実に甘い気持ちだったと思う。
自分の世界観や書きたい方向はあるものの、下手くそすぎて、吐きそう。うすっぺらい。
あらためて自分は平凡だと強く自覚しなければならない。自分はどんなジャンルにおいても教科書的にしかできない優等生タイプでセンスがないことをつきつけられた。だが、そのやりかたしかできないからこその戦い方を考えなければならないし、行動しなければならない。ストイックさが足りなかった。
ただ、焦ってはいけない。本腰を入れるまでには準備が要る。そして自分は人よりものろい。他の人と比べてはいけない。謙虚な気持ちで一歩一歩を進めなければ。

コピーライターとしてやっていて、何の気持ちも入れずに文字数を増やすことはできるのだが、わかりやすく説明的で(文学的には素晴らしいからはかけ離れている)ひらべったい文章しか書けないのだ。いいと思っていた能力だが、弊害になるのか。この職業に就いてることは何らアドバンテージにはならないというつめたい気持ちになった。
エンタメ小説ならありかなあ。
しかし、エンタメは人のために書くもので純文学は自分のために書くもので自分は自分のために書きたいので後者寄りのものも書いてみたくなっているのだ今。
映画や世の中をみんなより知っているほうだとか変な勘違いをしていた。違う、感情を知ろう。
あと、コントロールされた破綻のないものばかりを書いてしまう傾向がある。次回は詩のようなものを書いてみたい気持ちに駆られた。あとは比喩を頑張ってみよう。エネルギーに負けた。読書の蓄積がない27歳はもうダメなのか?いや、ここからだ。時間がかかる人間なのだから、あきらめてはいけない。

同じことばかり書いてるなあ。しつこいんだよね、文章が。写経やらないと。
知識も感性も中途半端なんだよなあ。コピーライター界では無能と見なされたけどここでもそうなのか。いや、がんばるのだ。発想は悪くない。何を書くか、だ。


⚪︎今回書いたものの反省点
・単調
・会話入れる?

あとは、日本語の美しい小説や現代の日本の小説をもっと読んでみようと思った。もっと書けるようになりたい。欲が出てきた。言い訳しないで、やろう。ツイッターでつぶやくのも減らす。しばらくは小説のために生きる。