いつまでも幼稚園児

書く練習、書くリハビリ

エネルギー貯める日140125

土曜日。

 

ISちゃんと久しぶりに会う。

最寄り駅の隣駅のM駅の文房具屋カフェでランチ。

2年越しのことなので、実現してよかった。

 

意外に話が尽きなくて、楽しい時間を過ごした。

お互い、物語世界、創作世界に住んでいるからかもしれない。

 

中3の時、再び「友達」になりたいと思うのに、絶対無理だと感じてしまうような壁があったようなことを思い出すけれども、月日はそんなものまでふきとばしてしまうのか。つまりね、こちらが生きるか死ぬか世界の終わりのように絶望を感じた一大事は、あちらにとっては些細なちっぽけなとるにたらない出来事だったというわけさ。

 

仲良くできてうれしいんだけど、「大人」というものに拍子抜け、そして、失望したんだよね。

なんていうか、自分の信じることや自分のやりたいことを守るためにまわりに対してシャッと威嚇する感じがあった尖っていたIさんの姿はもうそこにはなかった。歳月とともに考え方が変わることは当たり前かもしれないし、それが悪いことだとは思わない。ただ、なんとなく、物足りなさを感じたのも事実。成長とか、大人になる、っていうことがいいことなのかはわからない。

 

Sちゃんに対してだけでなく、中3で「ともだち」という概念に対して死ぬような思いでキリキリしていた自分にタイムスリップしてただひたすら「大丈夫だよ」だよと言ってあげたいような気もするし、そのころのキリキリした思いも大事にしたいような気もする。

小中学校の時の思い出に支配されているのは自分だけなのかな。

ただ、怒りや呪詛を今までエネルギー源にしてきたことは確かなような。

自分の仮想敵が実は実態がないもので、何に対してがんばってたんだ?と無力感を感じてしまう、だけど、またそこから一歩を踏み出すっていう筋書きのお話があるかも。

 

Y文具店内Mコーヒーのケーキランチ、おいしかった。680円。アールグレイといちじく、チョコとバニラのマーブル…2種(を二人で切り分ける)+サラダとドリンク。男には物足りないだろうな〜(笑)

カフェで漫画や映画、自分の仕事、興味のあること、やっていきたいことで盛り上がり、ひょんな会話から、ノリで、世田谷文学館クラフト・エヴィング商會の展示「星を賣る店」へ。

 

これが、すっごくよかった!!!

 

想像力が刺激された。

これこそ、自分が行きたい世界(に近い)。

(↑こう書くと頭おかしそうだけど、書きたい、つくりたい世界ってことです。)

架空の商品を売るお店、という名目の、展覧会。

あるものも(装丁本とか古い紙ものとか?)、ないものも、ないまぜに、展示されていた。

あまり知らなかったけれど、一気にファンになった。

 

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夕飯の後、「明日、ママがいない」「足尾から来た女」、のぼり湯行って、帰ってくると。

 

帰ってから、

「あ、(星を賣る店の)チラシ、見た?」「見たよ」「面白いでしょ!」「くだらない、ふん」母のこの台詞にはショックである。わかってくれると思ったのに。時たま、こういう時がある。真に感動した時、それを共有できると思って言うのに…。考えを押し付けるな?それはそうなんだけどさ、わかってくれない可能性があるなら言わないよ。

そして、本を買うな、捨てろ、と。

本当に哀しくなる。今の自分には本とか漫画とか文芸とかそういう世界しかなくて、それを何よりも大事にしているのに?

いい気分で今日影響を受けたことをベースにいろいろ書き始めようとしたのに。

「応援してよ」今、そのタイミングではないかもしれないが、つい、そう言ってしまう。やっぱり間違いだった。

母「はあ?あんた、頭おかしいよ」

そして、話の論点をずらし、お風呂の蓋にまた水が貯まっていたと叱られる。

なんでずらすのだろう。そして、本気で取り組み始めていることや本当に好きな物事に、なんで文句言う?それも母が。いつも父のそういうところいやがってるじゃないの。

 

すぐ、うっと言い返そうになるのだが、その通りである。でも、悪いとも思わないのだった。部屋の片付けについてまた父がgdgd言う。なぜ最近の父は嫌みしか言わないのだろう。前はもっとのんびりでおおらかだった。そもそも、私が大手企業に入社したのをよく思っていない様子だ。父が不本意ながら退職したころだったから、しょうがないと言えばしょうがないのだが。生活をちゃんとしろ、と言うのはわかるのだが、精神的に疲れ果てて帰宅すると、こちらの疲労度や組織の大変さを理解する気はないようで、どうせいい給料もらってんだから、とか、おまえの会社は悪いことばかりしている、とかネット(2ch)で拾ってきたレベルのうわさ話をぶつけてきて、うんざりする。会社の悪口を言われると会社=私ではないものの、本当にきつい。賞などとっても、まったく喜ばない。好きなことやることがなく、日がな一日テレビを見ている。たまにしゃべることといえば、文句。やりがい?他の家族(私、母)のだらしないところを指摘ばかりしている。心配。元々、ぼんやり生きてきた感じで、そこがよかったのに。そういうとこがなくなってしまった。好きなことを見つけてほしい。

 

 

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家(両親)しか居場所がないと思っている。

両親にやりたいこと大事にしていることを否定されると本当に孤独を感じる。

どこも居場所がないと思う。

結局この手の人間は自殺(のたれじぬ?)で終わるしかないのだろうか。

泣きながら、部屋に駆け込んで、「アスペルガー 自殺」で検索。

アスペルガーから鬱を併発する人が多い模様。

泣く。

部屋で我慢できなくなって叫ぶ。

夜は「台北の朝、僕は恋をする」を見たり、「乳と卵」を読んでゆったりした気分で過ごそうと思ったのに。会社に居場所ないのに、家にもないとしたら、本当に追いつめられた気分になる。